競馬コラム
【たかぎさんコラム】勝浦正樹さん、引退を決めた本当の理由「必要とされていないな」次の仕事も決めずに飛び込んだ新しい世界
2026/10/30 21:01
【たかぎさんのおはなし−競馬と人がつないでくれる日常−】
先々週のコラムでは、勝浦正樹さんが騎手を目指したきっかけから競馬学校での苦労、現役時代の思い出について書いた。
今回は、その続き。
長く続けてきた騎手という仕事を、なぜ辞めようと思ったのか。そして、引退してからの生活はどう変わったのか。
勝浦さんに聞いてみた。まず、引退を決めた理由について尋ねると、思っていた以上に率直な答えが返ってきた。
「やっぱり一番は、もうシンプルに需要が減ってきたので」
騎乗依頼が少なくなり、自分が必要とされていないと感じるようになったという。
「1日でも長くやっていたいっていう気持ちはあったんですけど、でも『このままじゃな……』みたいな。騎乗数も減ってきたし、必要とされていないし、若い子がたくさん出てきて、『まあ、そうだよな』っていうのはあったんで」
もちろん、引退を簡単に決めたわけではなかったそうだ。
騎手は、いつか必ず引退しなければならない仕事。勝浦さん自身、現役時代からそのことは常に頭にあったという。
「結果的にはちょっとダラダラやっちゃったかなっていう部分も正直あるし、でも意外とスパッと気持ちを切り替えられたなという部分もあります。どちらの気持ちも正直ありますね」
調教師にはならず、次の仕事も決めずに引退

騎手を引退した後、調教師を目指す人もいる。
勝浦さんの身近にも、村田一誠調教師や西田雄一郎調教師といった、騎手から調教師へ転身した人たちがいた。勝浦さん自身は、その道を考えなかったのだろうか。
「ゼロではなかったんですけど、それこそ西田さんも、村田一誠も、めちゃくちゃ努力していたんですよ」
話を聞くと、調教師試験に向けて、毎日5、6時間は勉強していたという。
「それを年間通してやって。受かるかわからない試験で、毎日5、6時間机に向かって……。ちょっと考えただけでもゾッとして(笑)」
勝浦さんらしい率直な言葉に、思わず笑ってしまった。ただ、単に勉強が嫌だったという話でもない。
「足を踏み入れるなら、何年かかるかわからないですけど、受かるまでは努力したいじゃないですか。だから、足を踏み入れられなかったんですよ。1歩も踏み入れられなくて。努力できなかったです」
やるなら徹底的にやりたい。だからこそ、簡単には始められなかったという。では、引退した時には、すでに次の仕事が決まっていたのだろうか。
「いや、本当になくて。今思えば『よく辞めたな』と。未知なる世界に飛び出したわけじゃないですか」
なんと、次の仕事が決まっていないまま引退したという。
その後、テレビ東京の『ウイニング競馬』やグリーンチャンネル、YouTubeなど、競馬に関わる仕事の声がかかるようになった。
ただ、引退後の生活が安定していると考えているわけではないそうだ。
「まあ、でも怖いですよ。今だって別に、いつ何がなくなるかわからないですし。『よく辞めたな』という気持ちもあります」
それでも、騎手を辞めたことについては、はっきりとこう話してくれた。
「辞めて後悔したことは1回もないです。『やっぱりもっとやっていればよかったな』というのは1回もない。これはマジで1回もないんで」
騎手を辞めて、一番嬉しかったこと

勝浦さんは、引退する時に寂しいと思ったことが2つあったという。1つは、レースに勝った時の感動を二度と味わえなくなることだった。
「普通の人じゃ味わえないものがあって、いろんな関係者の人たちと喜びを分かち合えるっていうのが、もう絶対になくなるじゃないですか。それがすごい寂しいなっていうのと」
そして、もう1つ。
それまで毎日のように顔を合わせていた競馬関係者と、会えなくなってしまうことだった。
「今まで普通に毎日顔を合わせていた人と会えなくなって、ひょっとしたら2度と会わないかもしれないっていうのが、本当に嫌だなと」
調教師や厩務員として競馬の現場に残れば、これまでと同じように関係者と顔を合わせることもできる。
でも、勝浦さんはその道を選ばなかった。実際に引退してみると、心配していたことは少し違っていたようだ。
「関係者の方と競馬場でも会えるし、ご飯とかもたまに行けたり、新しい出会いもあったりしたんで。辞めてから一番嬉しいことはそれでしたね。関係者と会えること」
この話は、個人的にも印象に残った。
騎手を辞めたことで、それまで当たり前だった人間関係がなくなってしまうかもしれない。そんな不安があったというのは、勝浦さんの競馬人生を考えるうえでも興味深い話だった。
現在はJRAのYouTube企画などにも出演している勝浦さん。現役騎手へのインタビューを担当したこともある。
「ジョッキーを長くやっていて、現役でやっているジョッキーを本当にリスペクトしているし、頑張ってもらいたいという気持ちがすごいあるんで」
競馬ファンに、騎手の人柄をもっと知ってもらいたいという思いもあるそうだ。
「ヘルメットを被って乗っていたら、顔もわからない人もいっぱいいると思うんですよね。素晴らしいジョッキーがたくさんいるんで、知ってもらってもっと応援してもらいたいという気持ちがすごいあります」
これからも競馬に関わっていきたいのかと尋ねると、
「それ以外は考えられないですしね」
という答えが返ってきた。
「最強はサイレンススズカ」勝浦さんが語る名馬の強さ
せっかくなので、最後は少し競馬の話を聞いてみた。まず、自分が騎乗していない馬も含めて、これまでに一番衝撃を受けた馬は何だったのか。
「自分の中で最強はサイレンススズカかなと思っていて。逃げて、あの強さ」
勝浦さんが挙げたのは、サイレンススズカだった。
「誰も競りかけられないじゃないですか。あの速さは衝撃でしたし、あとドウデュースもやっぱり衝撃でしたね」
ドウデュースについても、天皇賞(秋)やジャパンカップで見せた走りが強く印象に残っているという。
「本当にちょっと心配になるくらい、馬が壊れるんじゃないかと思うくらい速くて」
ディープインパクトについても、同じ時代に騎手として乗っていて「とんでもねえな」と感じていたそうだが、衝撃という意味ではサイレンススズカとドウデュースの名前が挙がった。
そこで、少し意地悪な質問をしてみた。もし、サイレンススズカと戦うことになったら、どんな馬で、どうやって勝ちに行くのか。
「いや、もう何もできないんで(笑)。何もできないです」
勝浦さんによると、逃げなければ力を発揮できない馬にとって、同じように先手を取りたい馬がいることは非常に厄介なのだという。
「逃げなきゃいけない馬が一緒になった時って、やっぱり本当に嫌なんですよ。どっちが速いんだろうとか、行けなかったら全然力を出せない馬もいるんで」
「岩田望来はずば抜けている」騎手として感じる上手さ

では、騎手についてはどうだろう。現在、勝浦さんが特に上手いと思っている若手騎手を聞いてみた。
「僕が馬券を買うようになって『うまいな』と思うのは、菊沢一樹や原優介。乗っているだけでちょっと馬券に入れなきゃなと思える」
さらに、もう1人。
「若手と言っていいかわからないですけど、僕が一番うまいなと思っているのは岩田望来です。ずば抜けているなと思っています」
武豊騎手、横山典弘騎手、岩田康誠騎手については「別格」と話していた。
そして、ルメール騎手について聞くと、また興味深い話が出てきた。
「余裕が違うんですよ。絶対に早く仕掛けたり、慌てたりすることがないじゃないですか」
若い騎手が前にいる場合は、その後ろについていけば、相手が少し早めに仕掛けることで差せる場合もあるという。
ただ、ルメール騎手の場合は違うらしい。
「ルメールさんはミスをしないので、一緒についていっても差せないんですよね」
現役時代に長く騎手を続けてきた勝浦さんだからこその言葉だと思った。
今回、勝浦さんと話をしていて印象的だったのは、騎手を辞めたことへの後悔が一切ないと、何度もはっきり話していたことだ。
中学3年生の時、自分で競馬学校への道を見つけ、騎手になった。そして、引退する時も自分で決断した。
次の仕事が決まっていなくても、その道を選んだ。今も競馬に関わりながら、かつて一緒に仕事をしていた人たちと会えることが嬉しいという。
「辞めてから一番嬉しいことは、関係者と会えること」
長く騎手を続けてきた勝浦さんの、この言葉が特に心に残った。
◇たかぎさん(高木翔太)
都内在住、35歳。マーケティング・コンサルティング事業を手がける傍ら、一口馬主クラブなど競馬関連の仕事にも携わる。競馬歴約7年。ディープインパクトとの出会いをきっかけに競馬の魅力に惹かれ、現在は馬主資格も取得。競馬を通じた人とのご縁を大切にしている。
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