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角居勝彦元調教師が取り組むホースセラピープロジェクト

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2022/2/21 06:06

 世界的にSDGsの取り組みが高まりを見せる中、スポーツ界にも広がりを見せている。昨年誕生した一口馬主クラブ「インゼルサラブレッドクラブ」のクラブ法人「インゼルレーシング」が、競馬界における持続可能性に着目。インゼルレーシングでは、地道に活動を続けられている方々にスポットをあてて紹介していくところからスタートし、その第一回は角居勝彦元調教師から引退馬ケアの活動についてインタビューを行った。馬を走らせる馬主として、どのような活動が出来るのか、社会が思い描くSDGsを馬主活動の一環として、どう表現することが出来るのかなどを少しずつ考えていく。

角居勝彦元調教師インタビュー
聞き手・インゼルレーシング代表・松島悠衣

●競馬界に対する問題意識と、引退馬に注目された背景は?

角居:調教師になる以前から担当馬を持っていたのですが、JRAのシステム上3歳の夏くらいまでに一勝をあげないと残れないというルールの上で成り立っています。その中でも地方に行ける馬と行けない馬がいます。明らかに能力が足りていない馬もいますが、ちょっとしたこちらの選択ミスとか調教のオーバーワークなどで、こちらの足りていなかった部分によって勝ち残れなかった馬たちを出してしまったのはあると思うんですね。

 若い頃は、そういったことで勝ち残れなかった馬が出てしまっていたのですが、そうなると、少し責任を感じてしまっていましてね。若い頃に、「その後どうなるんですかねえ」なんて聞くと、「あんまり追っかけるな」と言われて「ああそういうことか」ってわかったということがありましたね。

 そして、調教師になってからですが、一頭二頭助けてもあんまり答えにならないし、そういう大きなシステムで何か助ける方法はないかということを、良い成績を出せるようになってから考えるようになりましたね。

 しかし逆に、競馬は優勝劣敗の世界なんで、勝たずに負けた馬ばっかり追いかけてもね。勝ち続けながらこういう活動をやらないとダメだなということを思いながら、自分のモチベーションの糧としてやっていましたよ。

●これまで幾度となく勝馬を輩出されてきた角居先生だからこそ、その言葉に説得力がありますね。

角居:従業員にも「お前が失敗したら殺処分になるんだぞ。」と言う話も、あくまで言葉として言っていました。当然ですが従業員の働く時間というのは労働基準法で決められているし、休みもちゃんと確保してあげなくちゃいけないけど、手を抜くところは自分で考えてくれよということを言っていましたね。

●そう言ったことも従業員にお話しされているのですね。業界ではこの話題はタブーのように感じていました。

角居:そうですね。言葉にしたら「じゃあ調教師責任取れるの?」というような状況になると思うんですよね。だからそういう活動をしながらじゃないと言えない言葉ではあるかなと思います。

●56歳で勇退ということですがきっかけというのは何だったのでしょうか?

角居:輪島は祖母の作った教会があり、過疎化が進む街で、教会を守ってきた信者さんも80歳を超えてきました。身内が作った教会なので他人に任せっぱなしではいけないという状況になってきていて、その時点で預かっていた馬もいました。猶予がなかったわけですが、「辞める」って決めたのはその馬たちがクラシック出てからだなと思っていたので、それが終わって2021 年で引退しました。

●家業を継がれるということで引退を決意されたのですね。引退される前からホースセラピーのプロジェクトを立ち上げられていましたが、ホースセラピーに着目されたきっかけは何だったのでしょうか?

角居:「勝てなかった馬たちを助ける方法は何かな」と探した時に、いちばん最初に見つかったのがホースセラピーだったんですね。引退した競走馬が地方競馬に行くことは分かっていたんですけど、乗馬でこんなにたくさん利用されているっていうのはあんまりわかってなくて、それでホースセラピーという道でも生きる道があるなら、ホースセラピーを勉強したいなということで始めましたね。

●今もプロジェクトを継続されているんですね。それはどういったところが難しいですか?

角居:はい。課題と問題点がとても多いです。かなりハードルが高いプロジェクトです。まず、医療従事者がいないとホースセラピーにならないのです。なので、馬だけ癒して助けるというのはあるかもしれないですが、本当は馬を使って人を癒す、ホースアシステッドセラピーということをしなければいけないですね。それをやっていきたかったですが、それには、医療従事者に理解があるか、技術者がどれだけいるか、それに適応した馬がどれだけいるか、その現場があるのか、人材がいるのか、お金があるのか。三巴(みつどもえ)で何もなかったんです。

●ホースセラピーに資格のようなものは必要ですか?

角居:資格はないのですが決まりはあって、身体的障害もしくは精神的障害、知的障害、発達障害、高齢者、その5つの分野で、ホースセラピーの適応する馬の形が違ってきます。それをサポートする人たちの知識も全部変わってくるので、そうなると人材がいないし、それをやろうと思っても、場所にお金がかかりすぎると運営できない。基本的に一人の利用者さんに対して、インストラクター、リーダー、サイドウォーカー2人必要で、それに馬が1頭という人員で行う必要があります。そうすると、そのお金をどうするという問題でパンクしている状態です。

●ホースセラピーへの参入障壁が高いのですね…

角居:そうですね。ハードルが高い。でもできないというわけにはいかないので、まずは引退競走馬を調教してもらって、乗用馬に転用してもらう。乗用馬で何年かして大人しくなったらホースセラピーのほうに引き取っていくという形ができていけばと考えています。競走馬をリトレーニングし、乗用馬にしていくといった流れですかね。

●その馬たちは、TCC(Throughbred Community Club)で乗用馬にしたり、ホースセラピーにしたりしているのでしょうか?

角居:そうですね。あとそれとは少し別で、競走馬7000頭生産されていますけど、殺処分に向かっているのは3000頭強いると思うんですね。ただ一つの団体に託してもダメで、いろんな活動のいろんな団体や、乗馬クラブや、ホースセラピー団体に、回しやすい形を作ってことが大事であって、僕が全部助けられるわけでないので、いかに安価でクオリテイの高い、セラピー馬としてみなさんのそばに馬を持っていくかっというのが大事。

※TCC(Throughbred Community Club)とは
TCCとは、引退馬ファンクラブであり、終生飼養を前提として、引退競走馬を[①救い②活かし③支える]をテーマに活動している団体です。

●どういった方々が活動に賛同されていますか?

角居:JRA、農林水産省の官僚、生産界、馬主会、騎手会、地方競馬、ファンの方々、そういった方々で団体を作ってやっていこうという流れになりつつありますよ。

●その引退馬の一口馬主に参加される方々ってほぼほぼ競馬ファンですか?

角居:そうですね。ほぼそうです。実際その一口馬主されていた方もおられますし、ずっと引退馬の支援をしている人がいます。乗馬クラブに実際入られて、この馬気に入ったから私がずっと面倒見ますっていう方もおられるのですが、月々10万くらいかかって、それが30年も生きるってなると、一体どれくらいのお金がかかるんだと。やっぱり途中で馬も支え切れない、自分の生活も支え切れないということになるんですね。お互い潰れちゃうんで、そういうのってやっぱり形として良くないなと。TCCというファンクラブで支えるっていうのはいい形だなと思いますね。

【写真】角居勝彦元調教師インタビュー写真

ドリームシグナルという馬を使った地方創生

●すごくいい形ですよね。斬新なアイディアですね。現在の活動を教えてください

角居:今はトレーニングが終わった競走馬たちがJRAの支援のもとで、たくさん乗用馬に転用されていますが、乗馬クラブの馬房のパイは増えているわけではないので、結局いいトレーニングをされていい乗用馬ができたとしたら、そこに乗馬クラブの中でいらなくなった馬が押し出されて結局殺処分に向かわせただけのことになってしまいます。

 それは本末転倒だなということに気がついて、乗馬クラブから出てきた馬をどうやって助けるかということを一頭ね…ドリームシグナルという馬を使って、地域創生と「こいつにも役割があるんだ」ということを見せながら支えていけるようになればと思っています。

●ではこの馬がロールモデルとして、これから新しい馬たちを受け入れて同じような馬を輩出していこうということですね。

角居:まずはたった一頭ですが、石川県の行政とか観光とかファンドのようないろんな形の中で システムを立ち上げて、観光事業にしようだとか、労働を作ろうだとか、いろんな支援の声が届いています。

●グランピング施設のようなものを作ろうという構想もあると聞きましたが?

角居:現実をちょっとおびてきています。馬乗りの人間が必要ですね。どんな馬が入ってきてどんなタイプの乗用馬かわからないからかなりの技量を持っている人材を呼び込まなければいけないです。資本が入ってくる段階で人を呼び込んで、一斉に馬作りをしないといけないと考えています。

●その受けいれる馬はどこからとか具体的な考えはありますか?

角居:いえ、どこからでも。競走馬上がりでどこも受け入れがないという馬でも、乗用馬の馬でもいいし。どこでも。在来種でも。

●今後の展望、今後の活動をお聞かせください

角居:競馬の世界では競馬やダービーがあるからこそ盛り上がっているし、競馬のファンというのはより強い馬を見たいというのが夢だと思います。だからオーナーさんには生産界を支えるためにいい馬を持っていただきたい。なのでやっぱり7000頭という数を減らさないほうがいいと思うんですね。日本の競馬界は世界でも通用する段階にきていて、その生産キャパを絞っちゃうとどうしても弱くなるのは明らかなんです。やっぱりこの7000頭を維持しようと思ったら、そうやって生産されてきた馬の余生をちゃんと送ることができるよう考えられた仕組みを作るということに関しては、アニマルウェルフェアの観点で説かれているとおり、そこの受け皿を作っていく事をしていかなくてはならない。

 今のところ一般企業からの支援が期待できれば、なんとかしてここで持続的な事業として取り組んでいきたいと思っています。そういうところを全国に何箇所か作っていきたい。できるかどうかは別にして、色んな方と手を組んで、100頭を受け入れる拠点を30箇所つくらないといけません。それはどこが終わりかわからないけど、チャレンジしていきたいと思っています。

 その延長には、最終的に目標であったホースセラピーの世界を実現できたらいいなと思っています。そのために行政が使わなくなった土地を利用させてもらって土地はできた、お金も集める。あとは次の人材を育てるということで、JRA から近々に定年退職者が一斉に増える時期になる。シルバー人材がこちらの方に来ていただけるようなシステムを作りたいというのと、それから今天理大学の方では株式会社を作ってくれていて、そこでホースセラピーをするための事業所を作ってくれています。天理大学が医療系の大学と一緒になるんで、そこから理学療法士であったり作業療法士とか臨床心理者などの医療的な資格を持った方が今度そこに流れ込んでいくようなシステムを作っていこうと考えています。

●やはり必要なのは人材ですね。

角居:そうですね、この仕組みを成功させて、「じゃあうちのとこでもやってほしい」と行政が言ってくれるようになり、これまで競馬と関わりのなかった企業とかもコラボレーションして活動ができていけば良いなと思っていますね。

●この場所がパイロットケースとして色んなところに転用できていけばいいですね。

角居:これからSDGsなども環境問題もありますし、それから高齢者とか障害者とかをどうやって支えるんだという話もありますし社会保障の問題とか介護の問題とか、どんどん大きくなるのは日本の課題です。その辺に馬が携わっていければいいなと思いますね。

●素晴らしいですね。どのようにしてその思想が培われたのでしょう?

角居:こういうことやっているとね、色んな方が寄ってきてくれてね。こんなのどうなのとか。こんなのやれない?とか言ってきてくれてね。そしたらこの人とこの人繋がればどうかなとか。僕は繋いでいくだけですね。

●インゼルレーシングより馬運車を寄付させていただくのですが、馬運車についての用途等お伺いできればと思います。

角居:競馬の世界は、オーナーさんがこの馬がもういいよとか、調教師がこの馬使えないなとなった時点でお金にならない馬になってしまうんですね。そうすると今の中央競馬だと、一日大体馬房にいるだけで2万円かかってしまう。長引けば長引くほどお金がかかってしまう。そうすると早く出したほうがいいのですが、いく先がすぐに見つかるわけでもない。基本的には大きな馬運車会社に頼むんですが、そうすると、競馬場から北海道に向かうか、競馬場から九州に向かうかというルートしかない。ちょっと寄り道してくださいと言っても、そこはどうしても難しいので、結局牧場に近いルートの乗馬クラブのルートを辿るしかない。なので、小さい馬運車があって小回りがきくようになるともっと多くの命を助けることができる。そういうことでご協力いただけると…。ありがとうございます。

●貢献できて光栄です。最後にメッセージをお願い致します。

角居:5年間待ちに待った馬運車です。あっちこっちに当たりました。クラブの方がこういうように引退した馬に関して興味を持っていただいたのは本当にありがたいことだなと思います。たくさんの会員さんの中でやっぱり名付け親がいたり、ずっと追いかけたりする方が多かったりするんで、そういった方々にとっても、余生も幸せに生きながらえる限り支援させていただくような仕組みがあればもっと安心して馬が買えるのかなと思いますし、そこが一番大事なテーマかなと思います。これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします。

角居勝彦 Sumii Katsuhiko
1964年石川県金沢市生まれ。2000年に調教師免許を取得し、2001年に厩舎を開業する。以後 19年間に、JRAでG1 26勝、重賞競走計82勝を含む762勝の栄冠を掴む。最多勝利3回、最多賞金獲得5回など13回のJRA賞を受賞。地方、海外を合わせたG1勝利数は38勝。デルタブルースでメルボルンカップ、シーザリオでアメリカンオークス、ヴィクトワールピサでドバイワールドカップを勝つなど国内にとどまらない活躍をする。56歳で引退。現在、現役時代から取り組んできた引退馬のセカンドキャリア支援や障がい者乗馬など福祉活動に尽力している。

・一般財団法人ホースコミュニティ
代表理事 角居勝彦
「馬」を介在したノーマライゼーションの実現及び健康社会の構築を目指しています。
http://www.horse-com.org/

・認定特定非営利活動法人サラブリトレーニング・ジャパン
理事長 角居勝彦
岡山県吉備中央町への「ふるさと納税」を使って引退競走馬のリトレーニングを行っている。
https://www.thoroughbret.org/

インゼルレーシング
インゼルサラブレッドクラブが提供する競走馬ファンドのクラブ法人として、2020年11月にJRAから許認可を取得、馬主活動を開始。代表取締役は松島悠衣。(株式会社マツシマホールディングス、株式会社キーファーズ取締役)