競馬コラム
【たかぎさんコラム】武幸四郎調教師が40歳で初めて知った「華金」…騎手から調教師へ、すべてが変わった生活
6時間前
【たかぎさんのおはなし−競馬と人がつないでくれる日常−】
武幸四郎調教師と、ご飯を食べながら話をする機会があった。といっても、改まったインタビューという感じではない。「せっかくなので、いろいろ聞いてみよう」くらいの雑談だ。
僕自身、競馬に関わるようになってから調教師の方とお会いする機会は増えた。でも、考えてみると「調教師って普段、何をしているんだろう」ということを、ちゃんと聞いたことはあまりない。
競馬場では毎週のように名前を見るし、馬を管理してレースに送り出す仕事だということはもちろん知っている。ただ、その裏側でどんな生活をして、何を考えているのかまでは意外と知らない。
そこで、まずはこんなことを聞いてみた。
「調教師になって、一番変わったことって何かあります?」
返ってきた答えは、ものすごくシンプルだった。
「生活スタイル。全部」
「華金」を知らなかった20年間

騎手から調教師へ。僕たちの仕事で考えれば、転職に近いのかなと思った。でも幸四郎さんの場合、働く場所そのものが大きく変わったわけではない。
「職場は一緒なんすけど。競馬場も一緒だし、栗東も一緒だし。ただ、プラス牧場」
なるほど。同じ競馬の世界にはいるけれど、見る範囲が一気に広がったということらしい。騎手は自分が騎乗する馬と向き合う。一方で調教師になれば、厩舎全体を見なければならない。馬の状態はもちろん、スタッフ、馬主さん、牧場とのやり取りもある。
幸四郎さんは「野球選手が監督になるのと似てるのかな」と話していた。確かに、それが一番分かりやすいのかもしれない。自分がプレーする側から、全体を見る側になる。
ただ、調教師になったからといって、誰かが最初からすべてを教えてくれるわけではないらしい。騎手を引退してから開業するまでには1年間の準備期間があり、その間に先輩調教師の仕事を見たり、どんな生活をしているのかを学んだりする。それでも最初は、
「正直、調教師ってどうしたらいいか分からんもん。どう動いたらいいか、牧場どんな頻度で行ったらいいんやろとか」
という状態だったという。
幸四郎さんの父・武邦彦さんも調教師だった。それでも時代が違えば仕事のやり方も違う。結局は「とりあえず自分なりに考えて。教科書ないから」。この言葉は、なんとなく分かる気がした。
僕も仕事をしていて、立場が変わった時に「これ、誰か正解を教えてくれないかな」と思うことがある。でも結局、正解なんてなくて、自分なりのやり方を作っていくしかない。調教師という仕事も、そういうものなのかもしれない。
そして、生活そのものも大きく変わった。
騎手時代は月曜日が休みで、金曜日には競馬場へ入り、土日はレースに乗る。ところが調教師になると、金曜日も土曜日も外にいることができる。それが最初は、ものすごく違和感があったらしい。
「金、土、外にいるのがすごく気持ち悪かった。20年、金、土、世間に出てないから」
街に出て、「こんなに人多いんだ」と思ったという。考えてみれば、お酒を飲める年齢になった頃にはすでに騎手だった。世間でいう「華金」なんてものもほとんど知らない。
「世の中の、あの金土の『華金』とか知らないんで。40歳でいきなり、『なんだこの人の多さ』って」
この話は、なんだか妙に面白かった。僕たちにとっては何でもない金曜日の夜が、20年以上騎手を続けてきた人にとっては、少し違う世界に見えていたのだ。
「なんか常に謝ってる気がする」

では、調教師になって何に一番気を使うのだろう。
馬の状態を見ることはもちろんだけれど、馬主さんとのやり取りもある。レースが終われば、管理馬の結果を伝える。電話をする人もいれば、「LINEでいいよ」という人もいる。クラブ馬ならクラブの担当者を通す場合もあり、そこは馬主さんによって違うという。
僕が「レースの振り返りと、次の予定みたいなことを伝えるんですか?」と聞くと、幸四郎さんは笑いながら答えた。
「そうだね。大体、謝罪、謝罪」
考えてみれば、競馬で勝てるのは一頭だけだ。どれだけいい状態で送り出しても、ほとんどの馬は負ける。
「なんか常に謝ってる気がするけど」
冗談っぽく話していたけれど、調教師という仕事の難しさが少しだけ見えた気がした。そして、そのあとに幸四郎さんが話した言葉が印象に残った。
「究極は、調教師って、僕は馬を見てればいいと思うんすけどね」
馬を見て、その馬にとって一番いいことを考える。本当は、それが一番大切な仕事なのだと思う。
ただ、現実にはそれだけではない。馬主さんとのやり取りもあるし、牧場にも行かなければならない。セールへ行って、新しい馬を探すことも必要になる。「ずっと厩舎にいて馬だけ見ています」では、次に預けてもらう馬にもつながらない。
調教師というのは、僕が想像していたよりもずっと動き回る仕事だった。
そして幸四郎さんの場合、その「動き回る」というのが本当に文字通りだった。北海道へ行き、一人で車を走らせ、知らない牧場にも自分で電話をして馬を見に行く。
「武です。馬を見せていただけますか」
そんな電話をかけながら、自分の足で馬を探しているらしい。その話が、またすごく面白かった。次回は、幸四郎さんがなぜ一人で北海道を回ってまで馬を探すのか。その話を書いてみたい。
◇たかぎさん (高木翔太)
都内在住、35歳。マーケティング・コンサルティング事業を手がける傍ら、一口馬主クラブなど競馬関連の仕事にも携わる。競馬歴約7年。ディープインパクトとの出会いをきっかけに競馬の魅力に惹かれ、現在は馬主資格も取得。競馬を通じた人とのご縁を大切にしている。
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2026.8.21 そあ